コラム

クジラの世渡り

第5回 意昧を伝えるだけで満足してはならない

「日本人はコミュニケーションが下手だから」
「うちの社員はコミュニケーションが下手で」
などという言い方をよく耳にするが、コミュニケーションを「回路」ととらえると、一方の非のみを指摘するのには問題があろう。
むしろ「回路の効率」というとらえ方が必要なのではないか。
この回路の効率にはさまざまな段階がある。

まず、効率ゼロ。これは表現しようとした意味がまったく伝わらなかった場合。
そして、表現の意味が20、40、・・・80パーセント伝わるというそれぞれの段階を経て、意味だけは100パーセント伝わる、goodという状態がある。
100パーセント意味を伝えられたのに単なるgoodとは、と不思議に思われるかもしれない。
だが、単に相手に意味を伝えるだけがコミュニケーションの目的ではないのだ。もっともっと崇高な目的が、実はある。
“communion of minds”という表現がある。訳せば「一心同体」といったところだ。コミュニケーションは、本来、このレベルを目標になされるべきで、この域に達してようやくperfectというわけである。

ずいぶん前の話だが、うちの社の大の得意先A社の競争相手であるT社から仕事を依頼されたことがあった。
競争の激しい業種であり、日本的仁義も考えて、僕は率直にA社に相談することにした。
「T社から仕事の依頼がありました。T社はずいぶん乗り気で、うちとこちら様の関係を承知の上での依頼です。いかがなものでしょうか」
A社の担当者は上司と相談してみますといって、回答を一日延ばした。翌日の回答はこうだった。
「そちら様の企業の発展のためにそこまでしなければならないなら、目をつぶらざるを得ませんね」
僕は一言だけ応えた。
「わかりました」

T社からは契約を急ぐ電話が入り、僕はT社の人々と会った。
「契約したいのですが」
「まあ、ちょっと待ってください・・・・・・今日はうちの払いですから」
これを聞いて相手は察するところがあったのだろう。
「A社から何か横槍が入ったのでしょう」
と言い出した。
「いや、そんなことではないのです。ただ、内部的にトラブルが発生しやすいのではないかと危惧しているのです。我が社としては、そこまでリスクを負うべきかどうかと・・・・・・。他をご紹介いたしましょう」
T社には僕の同業者を紹介したが、契約を結ぶまでには至らなかった。

後日、A社に報告に行くと、
「クディラさんは『わかった』の一言だけでしたからねえ。どうわかってもらえたのか不安だったんですよ」
「いやいや、そちらのお気持ちは十分に理解しているつもりです」
「本当に、助かりました。マズいことにならなくて」

このエピソードは、言葉こそ少ないものの、かなりパーフェクトなコミュニケーションが達成された一例といえるのではないだろうか。
言葉づらを追っただけでは、コミュニケーションのレベルを高めることはできないのである。

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