コラム

クジラの世渡り

第7回 コミュニケーション回路の抵抗

コミュニケーションを一つの回路ととらえると、その効率を上下させるさまざまな要因が考えられる。何がこの回路に抵抗として働き、何が抵抗を緩和させるものとして働くのか、これを意識的に探ることが、結局は抵抗を弱めることにつながってゆくだろう。

「検討します」という表現のこわさ

「トコブシ」という言葉がある。海の幸が好きな人ならご存知のように、アワビに似た貝の名前である。この「トコブシ」、関東では「トコブシ」で通じるが、関西以南になると、「ナガレコ」でなくては通じない。
東京でいう魚の「ウツボ」は、千葉に行けば「ナマダ」となる。
これらはいずれも名詞の場合で、現物を前にすれば、関東人も関西人も、東京人も千葉人も、「ああ、それのこと」と共通認識できる。
だが、「考えておきます」という言葉になると、問題は複雑だ。

関西に支社を出したばかりのときは、この「考えておきます」にずいぶん泣かされた。「考えておきます」と言われたので、後日、いかがなものかと電話を入れると、「まだ検討中です」との返事。検討してくれているものとばかり思っていると、三、四度目の打診への返事は、きまって「残念ながら・・・」という否定的な回答がかえってくるのだ。
いったい「考えておく」「検討します」というのはどんな意味なのだろう。関東あたりでの「考えておく」や「検討する」は字義通り「まだ結論が出ていませんよ」という意味で用いられるのに。度重なる最終的な拒否をくらって、僕はついにこんな結論を出した。
関東あたりでの「考えておく」は文字通り「まだ結論が出ていない」の意。これからよく考えて結論を出しましょう、という意味あいで用いられることが多い。
一方、関西での「考えておく」は「駄目」の腕曲表現と見なしたほうがよい。すでに結論は出てしまっている場合が多いように思われる。
「検討する」という表現も同様で、関東での「検討する」が字義通りであることが多いのに対し、関西では「検討しない」ことを表現している場合が多い。

このように、同じ表現でありながらその意味するところがまったく逆になっているために、コミュニケーションの効率がいちじるしく低下してしまうことはよくある。
ここでは、地域別によるセマンティクス【意味】の問題を例にあげたが、各人、各人が己れのセマンティクスをもっているという視点でみれば、コミュニケーションの効率にとってセマンティクスの問題が決して小さなものでないことがわかるだろう。

「根回し」という日本人の大好きな言葉がある。本来は庭師の言葉で、大木を移植する際に大きな根以外の根を切りとり、ひげ根を発生させて移植しやすくすることを指す。これが比喩的に用いられ、企業内で使われることが多くなった。企業内で用いられるときは、大木に当たるのが、たとえば企画である。
一つの企画を通すためには、まず関係者のコンセンサスをとりつけておく、というのがここでの「根まわし」の意である。
この「根まわし」も、いってみれば、一つの企画のセマンティクスを統一させておく、ということだ。日本人も、きわめて日本的な言葉を使いながら、何とかコミュニケーションの効率を高めようとしているらしい。

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