コラム

クジラの世渡り

第14回 「わかりません」で大ゲン力(1)

似たような例は、「わかりません」という表現にもある。
ずいぶん昔のことだが、新宿駅である事件に巻きこまれたことがある。巻き込まれたというよりは、解決に協力したと言ったほうが正しいかもしれない。
外国人夫婦と国鉄職員(当時は当然のことながら国鉄だった)が大声を張り上げ、周りに人垣ができはじめたところだった。気のきく野次馬もいたもので、ガイジンの僕を見つけると、人垣の最前列へ押し出したのだ。
外人夫婦は僕の姿を見るなり、地獄に仏、否、キリストといったまなざしで僕に訴えはじめた。

「この係員は、Informationの腕章をしているくせに、この電車はイキブクロ行きかというこちらの問いに、”I don’t know.”と言うんですよ。Information係がこれでは、いったい誰にたずねろというのでしょう」
なるほど、国鉄職員は案内係の腕章をしていた。しかも、英語で“Information”と書いてある赤い腕章なのである。僕は、この外国人夫婦に同情しながらも、ハハンと思い当たるところがあった。
「失礼ながらおたくたちの池袋、イケブクロの発音がきっとわからなかったんですよ。このミドリの電車で四つ目です、イケブクロは」
と、僕は説明してあげた。
「失敬な。ちゃんと発音してますよ。まったく、失敬な」
と二人はついに僕にまで怒り出し、そそくさと電車に乗り込んでしまった。
残った国鉄職員に、そこで僕はつい一席、講義をぶってしまったのである。

相手の言っていることがわからないときには、“I don’t understand.”というんですよ。”I don’t know.”じゃ、自分の知識の範囲内では答えられないという意味になってしまいますから。”I don’t understand.”と答えていれば、彼らもメモを渡すとか、聞きたいことを書いて説明しようとしたでしょうに。
僕の説明に、インフォメーション係はこう答えた。
「はあ、なるほど。で、彼らはどこに行きたかったのですか」
「イケブクロ」
「なんだ、池袋か。イキブクロっていうもんだから」

不慣れなインフォメーション係なのだろう。ガイジンが英語を、というだけで勘も働かなくなってしまったのだ。東北の片田舎から出てきたお婆さんがどんなになまって「池袋」と言っても、この係員は答えることができただろうに。ところが、外人というだけで聴覚も勘も麻痺してしまったのだ。
ガイジン慣れしていないのだ。こういう人は場数を踏むことが先決と思い、それ以上の講義は中止して僕はその場を立ち去った。
だが本当のことを言えば、「わかりません」の”I don’t know.”と“I don’t understand.”を区別するだけでは、聞き返しのコツとは言えないのである。
ご存知のように、日本人が教えられる聞き返しの英語表現は、”Once more please.” “Repeat it, please.” さらには、”Pardon me.” などである。先刻の職員と外人夫婦の会話くらいなら、まあ、こんなところでも十分だったろう。
場面がビジネス現場となると、そうはゆかない。。。

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