コラム

クジラの世渡り

第34回 やせ我慢もほどほどが肝腎(1)

アメリカ人が死んだ魚に抵抗するように、日本人は血のしたたる生肉にはおぞけをふるう。豚は食べるが牛は食べない民族もいる。ある物を食べるか食べないかは、単に習慣の違いにすぎない。文化の高さ低さの問題ではないのだ。

食べ方にも同じことが言える。
日本では寿司を手でつまむが、インドではカレーを手でこねるようにして食べる。慣れない者にはうまそうに見えるどころか、汚らしくてかなわない。しかし、インドではそれが当たり前なのだ。
慣れるまではまず我慢するしかない。我慢して新しい食べ物、新しい食べ方に慣れれば新しい人間関係の扉を開くことになる。

しかし、我慢にも限界がある。自分の体質や健康状態を無視して、付き合いのためだとばかりにやせ我慢をすると、かえって相手に迷惑をかけることもあるのだ。

アメリカの友人から聞いた話だが、仕事で関係のある日本人の部長が彼に会いに来たので、カキは好きかと尋ねた。部長が大好きだと答えたので、「じゃあ今はちょうど生ガキのシーズンだから、いい所へお連れしましょう」と言って彼を一流のカキの店に案内した。そこでカキを食べはじめたのだが、日本人の部長が三つ目を食べてからひっくり返った。何しろ生カキのことだから食中毒ということもあり得る。救急車が呼ばれ、倒れた日本人は病院へ運ぼれた。病院で調べると何のことはない。彼はカキが苦手だったのだ。アメリカのレストランでは、カキはダース単位で出されるのが常である。この部長には2ダースのカキが彼の分として供されたのだから、たまったものではなかった。彼は苦手なカキを必死で我慢しながら食べているうちに気絶してしまったのだった。

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