コラム

クジラの世渡り

第45回 メニューの選択も芸のうち

さて、無事に客が上座におさまると次は料理の注文ということになる。ここで接待する側は何とか客の喜ぶ料理を選ぼうと心を砕くわけだ。その辺の手順は洋の東西を問わず同じようなものである。
「では、何がいいでしょうか?」。招いた側がまずそう尋ねる。ここで、「私はこれこれがいいんです」と即座に答える客がいるとしたら、彼は非常識な人間と言わねばならない。接待する側にも予算というものがあるからだ。そこで客は少し遠慮して、「さあ、何がいいでしょう」と答える。このあたりのやりとりは日本もアメリカもほとんど同じと言っていいだろう。

選択権が接待する側の自分に委ねられたところで、次にメインディッシュを何にするか、客の好みを探るために、たとえば「肉はお好きですか?」などと聞いてゆく。このときの客の返事しだいで当日のメニューが決まるわけだ。招かれておいて「あいにく私は肉が嫌いなんですよ」と答える人間はまずいないだろう。宴席では「嫌い」という返事はタブーである。だから、あまり肉が好きでないのなら、「好きです」という言い方に気をつけるのだ。単に「好きです」と言っただけでは実際に好きなのか遠慮してそう言っているのかわからないから、接待する側は「では、魚はお好きですか?」と質問を変えてくれるし、またこうして客の好みをうまくさぐる術を心得ていなければ、宴席でのコミュニケーションは成立しない。そのとき、魚のほうがもっと好きなのであれば、「ええ、大好きです」とか、「はい、とても好きです」というような表現をとることだ。そうすれば、「ああ、この人はほんとうは肉が苦手で魚にして欲しいんだな」と相手のほうで合点してくれる。

客の好みがわかると今度は、「では、これはいかがですか」と招いた側が案を出すことになる。そのとき客のほうは、その料理が接待予算の最高限度だということをわきまえておかなければならない。相手が暗黙のうちに接待の予算を提示してくれているのに、もっと高いものを注文するのは論外である。それ以下の値段の料理であれば、後は自分の好みを優先させればよいわけだ。しかし、「好きなものでいいんだな」とばかり、とんでもなく安い料理を選ぶのも考えものである。接待する側の好意を無視することになってしまうからだ。「以心伝心」という言葉が日本にはあるが、メニューの選択も、その日本人の得意技の発揮どころ。接待をされる側こそ細やかな気配りが必要といえるかもしれない。

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