第48回 「洋服だんすの中の骸骨」―食卓の話題に禁句あり
沈黙が金ならずと言っても、やたらと口に出してはならない話題があることも知っておく必要がある。神経の細やかなはずの日本人がしばしば犯すあやまちに、初対面の客に対する個人的な質問があげられる。「ご結婚していらっしゃるんでしょう」「お子様は何人ですか」「おいくつでいらっしゃるんですか」こうした質問は我われ欧米人の間では禁句である。それを日本人は平気で連発してはばからない。個人的な質問は相手に対する親近感からでるものということになるらしいが、欧米人からすれば、プライバシーの侵害にほかならないのだ。
私は何回も、目をおおいたくなる場面に出くわしたことがある。ある食事の席で、日本人が客の男性にこう尋ねた。「子供さんは学校にいらしてるんですか?」客はこう答えた。「いえ、私は離婚しているんです」「離婚」という言葉が出ると食卓はシーンと静まりかえってしまった。同席していた人々も何と言ってその場をとりつくろっていいのかわからず弱り果てたものだ。「胸襟を開く」と称して、日本人は個人的な話題を好み、なかなか自分をさらけださない人物を、付き合いづらい、気心の知れない人間として敬遠する傾向があるように思える。だが、そうした日本人の態度に傷つけられる人々がいることをわかって欲しいものだ。
客が自分のほうから家庭の事情に触れる場合はともかく、初対面の人物に個人的な質問をするのは避けるべきであろう。宗教、政治、年齢の話題も欧米人にとっては個人的な領域の事柄であるから避けるにこしたことはない。「洋服だんすの中の骸骨」(a skeleton in the closet)という諺がある。どんな家庭にも他人には決して知られたくない事柄がある、というほどの意味なのだが、なにげなく訊いた一言が客とあなたとを永遠に隔てる場合もあることを肝に銘じておくことだ。