コラム

クジラの世渡り

第49回 食卓の恥はかき捨て?

軽い話題での食前の一時が無事にすむと、いよいよ食事である。その日の料理が日本料理であれば、日本人であるあなたは何の心配もなく堂々としていられるが、これが西洋料理を欧米人と共にするとなると、多少の緊張はやむをえないところだろう。いちばんの心配は、あの無数に並んだ金属製の道具であろう。日本のように道具が箸だけなら迷うこともないのだが、いったいどれから使えばよいのか、アメリカ人の僕でさえ心もとない場合があるほどだから、正式なディナーに不慣れな日本人があわてるのも無理はない。ではどうするか?目安としては外側から順に使うことだ。西洋料理では、料理は順を追って運ばれてくる。それに合わせてナイフやフォークが並んでいると思えばよいのだ。それに、一つの料理に使われたナイフ、フォークの類は次の料理では使われない。空になった皿と共にいちいちウエイターが下げてゆく。食事がすんだときにはテーブルの上がからっぽになる仕組みになっているのだ。「あっ、どうしよう!ナイフを一つとばして使ってしまった」。こんな心配はご無用。誤ったものを使えばウエイターがすかさず持ってきてくれる。ただし、そのときウエイターに「どうもどうも」などとは言わないことだ。ウエイターはあなたの失敗を目立たせないようにさりげなく振る舞っているのに、客のほうがおどおどしていてはよけいみっともない。間違いも、堂々としていれば周囲にさとられないものだ。

だが、堂々としているのと知ったかぶりをするのとはまるで違うことも心得ておかなければならないだろう。以前こんなことがあった。私の日本の友人がカナダに行ったときのことである。他の日本人といっしょにあるレストランに入り、そこの名物料理、カニを注文した。カニは手で食べるからフィンガーボールが出る。普通は水とレモンが入っている。そそっかしい客の一人がそれをスープと勘違いして飲んでしまった。そして、「やあ、このスープはやけに味が薄いですなあ」と言ったからたまらない。隣の客もどれどれと真似をして、とうとう十二人のうち九人までがフィンガーボールの水を飲んでしまったのである!使い方を知っていた私の友人は「あああ……」と青ざめ、おそるおそるウエイターの顔を見た。何と、みなゲラゲラ笑って、「何て野蛮人だ」という顔つきをしている。友人は、ただもう一刻も早くレストランから逃げ出したい一心であったそうだ、恐らく、蛮勇をふるった日本人たちは、西洋料理の食事マナーに無知であることを知られたくなかったのであろう。それがかえって恥の上塗りをすることになってしまったというよい例である。

食事のマナーには教養の程度が如実に現れるものだ。もしマナーに自信がなければ、相手のすることをよく見て、同じように振る舞っていればよい。知らないということは別に恥ずべきことではないが、知ったかぶりをしてとんでもない失敗をしては、物笑いの種になるのがオチである。ただし手本にするのは、同僚の日本人ではなく、現地の人間にすること。そうすればまずまちがいない。

もちろん、教養の程度は接待する側にも現れる。一つ、聞きかじりの有名な話をご紹介しよう。ある国の王様がイギリスをお訪ねになったときのことだそうだ。エリザベス女王が開かれた晩餐会の席上、王様が先の紳士と同じまちがいをなさった。フィンガーボールの水に少し口をつけられてしまったのである。そのとき女王はどうなさったか?その王様と同じようにフィンガーボールを取って、口にされたというのである。大切な客人に満座の席で恥をかかせないようにとのお気持ちからなさったのであろう。もてなしのいちばんの基本は客に絶対恥をかかせないことで、そのために心を配るのが接待する側の礼儀である。客の失敗を笑うような人間は、教養の程度も、人間としての品位も低いと思ってまちがいない。そう考えればややこしい食事のマナーにも気楽に対応できるというものだ。マナーに不慣れな場合は謙虚に振る舞うのがいちばん。ウエイターや同席者が自分の失敗をカバーしてくれる。食卓は試験場ではないのだから。

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