コラム

クジラの世渡り

第53回 チップは算盤ずくにあらず

チップは受けたサービスに対してとうぜん支払うべきものではあるが、サービス業がかくも広範にわたっているご時世では、あらかじめ範囲を決めておかなければきりがない。日本人がビジネスなりバカンスなりで海外を訪れる場合、チップを渡す相手として考えに入れておくとしたら、飛行場のポーター、ホテルのボーイ、レストランのウエイター、タクシーの運転手といったところであろう。あまりチップにこだわっていたのでは、金の計算だけで目が廻ってしまう。

払う相手のメドがたったら、今度はふさわしい金額は幾らかという問題になる。レストランなどでは通常一割が最低の線で、これは源泉と同じく、嫌でも払わなければならない額である。相手も一割は当たり前と思っているのだから、それ以下だともめる原因になるので注意してほしい。とても良いサービスだったので多めに払いたいというときには、一割五分くらいになるように上乗せすればよいだろう。勘定が二〇〇ドル以上の場合は、三〇ドルも置けばウエイターも満足すると覚えておいてさしつかえない。いくら良いサービスを受けたといっても、払い過ぎは感心しない。「やっぱり日本人は金満家が多いぜ。使いたくて仕方がないんだ」と冷笑されることになったのでは何にもならない。それと、一割でも一割五分でも、とにかく端数まできっちりというのも好ましくない。矛盾するようだが、チップはやはり気持ちの問題なのだから、まるで電卓を使って計算でもしたような額ではビジネスライク過ぎて味気ないものだ。

それに、生活感丸出しというのも考えものだ。日本人の大好きな小銭入れのことである。よれよれになった小銭入れのチャックを開けて煙草を買うエリートビジネスマンの姿は日本でこそ珍しくないが、アメリカではまず一人もいない。たった一ドル硬貨を小銭入れをひっかきまわして捜し出す図は、かなりみみっちいと受けとられると思っておいたほうが無難だ。アメリカの土を踏んだら、よれよれの小銭入れは潔く捨て去り、ポケットをジャラジャラといわせながらバラで持ち歩いてもらいたいものだ。

さて、今度はホテルのボーイの場合について説明しよう。ホテルのボーイの場合には、通常、鞄一つで五十セントぐらいが相場である。タクシーの運転手にもそのぐらいがいいところだろう。二十五セント以下になるとケンカになる場合もある。よほどの遠距離でもなければ五十セント出せば体裁を保てるだろう。いつか日本でタクシーに乗ったとき釣りが十円玉一個だったことがある。僕が「いいですよ」と言うと、運転手は十円玉を投げてよこした。「こんなケチなゼニをもらえるか」と腹を立てたらしいのだが、百円なら投げ返したりはしなかったろう。チップは、差し出す側ともらう側の気持ちがそれによって通じ合えばお互いの心をなごませもするが、下手をすると、不愉快な思いをしなければならなくなる。金のことだからといって算盤ずくにならないことが肝要なようだ、互いに気持ちの通じる相場というのがあるものなのである。

グローバルコミュニケーション研修のことなら何でもご相談ください。

PageTOP