第54回 勝負はタイミングにあり
「なるほど、チップの額も見当がつけば難しくはなさそうだ。ところで、渡すタイミングなんてものはあるのかな?」もちろんある。人間相手のことだからタイミングはとても大切だ。並みのレストランやカウンター制度の店では、自分のついたテーブルやカウンターに置いておくのが普通である。「そんなことして大丈夫かなあ。他のウエイターが取っていったりしないんだろうか」心配はご無用。ウエイターには縄張りがあって、自分がサービスした客の残したチップは必ず本人の懐に収まることになっているのだ。レストランのいちばんいいテーブルは最古参のウエイターが担当している。つまり上客がつくテーブルということで、とうぜんチップの収入も多くなる。彼らにしてみれば、サービスの腕を上げて、いいテーブルを縄張りにすることが出世なのである。そのために日夜努力しているのだ。
釣り銭をそのままチップにするのも一つの方法だ。ウエイターが盆に釣り銭を乗せてやって来る。心づもりの金額と釣り銭が合うようであればそれを残してチップにする。足りないようであれば足し、多すぎる場合には多少抜いて加減する。「釣り銭で払うといっても、もし二十ドル札一枚とかで戻ってきたらどうすればいいのかな……」万が一そんなことをするウエイターがいたとすれば、彼は常識外れの人間で、そんなウエイターを相手にする必要はない。自分にチップとして二十ドルよこせと言ってるようなものだからだ。客がチップを渡しやすいように細かくした釣り銭を持ってくるーこれがウエイターの心得の一つなのだから、心配はない。コミュニケーションのルールが存在しているのだ。
しかし、最近ではこの方法を利用できない場合がある。クレジットカードの普及で現金払いの機会が減ってしまったし、ホテル内のレストランでは、食事の会計も部屋につける場合があるからだ。そんなときには、渡された伝票の「ご祝儀」欄に支払いたい金額を書き込めばよい。ウエイターの面前で書くわけだから、「これはあなたがもらえる分ですよ」と言えば、ウエイターはにっこりして、「ありがとうございます」ということになる。「ご祝儀」の意味で書かれている英語は"gratuity"であって"tip"ではないから注意してほしい。伝票にチップと書いてないからといってあせらないように願いたい。ボーイに渡す場合は、部屋に入って荷物を置き、カーテンを開けて部屋の中を点検した後、ドアの所に立ったときがよい。「これでよろしいでしょうか」とボーイが尋ねる。これが合図で、客のほうは用意している一ドルかニドルを手にし、「モーニングコールはどうするのかな」といった、ボーイが答えやすい簡単な質問をしてみせる。もちろんボーイは返事をするから、ふむふむとうなずきながら紙幣をポケットに入れてやるのだ。大げさに「はい、チップだよ」と言わんばかりに渡すべきではない。さりげなくをモットーとすべしだ。
むき出しの金をもらうのを嫌うのは日本人ばかりではない。金ではなく気持ちを渡しているのだという精神は、欧米人も同じである。さりげなく、相手が自然に受け取れるようにするためのタイミングは大切なのである。