コラム

クジラの世渡り

第59回 カクテルパーティーへの招待

「そう言われれば、確かに日本の宴会にも欠点はあるけど、欧米式のカクテルパーティーというのもまいるよな。第一、立ってなきゃならないだろ。それに、招いておきながら人を放りっぱなしだぜ」

カクテルパーティーが初めての人はおそらくこう言うに違いない。グラスを手にもじもじしているうちに壁の花となり、気がついたらパーティーは終わっていたというところだろう。日本の宴会に招かれた欧米人が困惑するのと同じように、あなたも不慣れな接待の形式に面食らったというわけだ。だが、ちょっと考えてみて欲しい。「立つ」のと「座る」のとではそれだけでも意味がまったく違ってくる。なぜカクテルパーティーでは客がみんな立っているのか。それは、カクテルパーティーが飲むための集まりではなく、コミュニケーションをはかるためのものであるからだ。軽いアルコールは付け足しにすぎない。

カクテルパーティーは大きくわけると二通りある。主賓がいて、やや形式ばった正式のカクテルパーティーと、ただ人が集まるためのものとである。正式のカクテルパーティーの場合は、招待客は定刻に集まり、主賓の到着を迎える。そして、お開きになる少し前に主賓の挨拶があり、客はそれを聞き、主賓が皆に送られて会場を去った後に帰ることになっている。

以前、イギリスのマーガレット王女が来日されたときのカクテルパーティーでこんなことがあった。国賓級の人物が主賓となった正式のカクテルパーティーであったことはいうまでもない。パーティーが終わりに近づき、王女がご挨拶をなさった。それは挨拶の見本ともいうべき、端的でしかも巧みなユーモアにあふれた素晴らしい挨拶だった。ところが、王女の挨拶が終わるやいなや、何人かの日本人が帰りはじめたのである。僕の傍らにいたイギリス人紳士は「何て非常識なんだ!」と憤然としていたものだ。正式のカクテルパーティーでは、主賓より先に帰ることは大変失礼な行為で、一種のルール違反に当たるということを彼らは知らなかったのであろう。だが、招待を受けたからには、正式のカクテルパーティーのルールを承知しておくべきだった。主賓をさしおいて帰ったりすれば、嫌々ながら来ていたとみなされても仕方がない。「そんなつもりじゃなかったんです」と弁解したところで、一度与えた悪印象はなかなか消えるものではない。とかく「正式」と名のつく集まりには厄介なルールがつきものだが、普通のカクテルパーティーにはほとんど何もない、だいたい午後五時半か六時にはじまり、八時頃までの夕食前の一時がパーティーの時間帯であると承知しておけば、客はその間の好きな時間に来て、好きなときに帰ればよいのだ。ただし、一つ注意しておいたほうがいいことは、くれぐれも長居はしないということだ。時間が過ぎても帰らないでいると、夕食に招けということなのかと招待者は気をまわさなくてはならなくなる。

「でも、僕が帰ろうとしたら、『あら、もうお帰りになるの?もっとお話ししたかったのに』って言ったんですよ。それで帰るのは失礼だと思ったから……」なるほど、あなたは欧米人にも礼儀があることを知らなかったようだ。「あら、お帰りになるの。ではさようなら」ではあまりにもそっけないので引き止めるふりをしているだけのこと。早合点して長居をすれば相手に迷惑をかけるということは覚えておいて欲しい。日本には、長居をする客を退散させるためのおまじないがあると聞いている。廊下にほうきを立て掛けておくというものらしいが、どこの国でも人の気持ちは同じ。帰る潮時を知らない人間は誰からも敬遠されるものなのである。

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