コラム

クジラの世渡り

第68回 「五時まで男」と「五時から男」

ニューヨークの摩天楼で、夜八時まで灯りが燈々とともっているのは日本企業のニューヨーク支社ばかりだというが、エコノミックアニマル健在なりといったところだろうか。日本人は残業することを愛社精神の表れと思っているようだ。とくに高度成長期には会社もそれを望み、社員も十分に応えていた。ところが最近は、残業代節約という方針を打ち出しているところが多い。それなのに、相も変わらず残業を続ける日本人は多い。しかも、残業手当てすら要求せずに残業をしているのである。日本人が仕事好きということもあるのだろう。

僕の会社でも、土曜日は完全にオフィスを閉めていっさい出入りしないようにと通告したのだが、熱心な社員から猛反発を受けた。「休日手当てなど結構です。ただ、仕事をさせてください」 どうやら日本人は仕事好きに加え、会社好きなのだ。会社は人生そのものなのである。残業も、しないでいると周囲から取り残され、仲間はずれになったような気分になるからやっているというところもあるだろう。用もないのに居残っている社員もいるらしい。これは、アフターファイブの過ごし方にも重大な影響を及ぼしている。朝九時から五時まで顔をつきあわせている連中と夜もいっしょというのだから、これはもう会社好きとしか言いようがない。アフターファイブは、残業でなければ付き合いである。残業をして、そのあと付き合いで一杯やるという念のはいったサラリーマンも多い。銀座にあれだけのバーが林立し、それでも各店がそれぞれやっていけるのは、このサラリーマンたちの習性のなせる業だ。

だが、これからはアメリカ人スタッフとも付き合ってゆかねばならないのが、経済大国ニッポンの宿命である。とすれば、アメリカ人サラリーマンのライフスタイルも知っておくべきだ。まず、残業手当の出ない残業をするアメリカ人はいまい。残業というのは、アメリカ人にとっては、仕事の能率が悪いためにしなければならないという代物なのだ。残業は、愛社精神からではなく、無能の証しと考えるのだ。それでも残業を余儀なくされるとしたら、まず、働いている当人よりもその妻からクレームがつくだろう。「私たちの人生をめちゃめちゃにする会社なんて、もう辞めちゃいなさい。夕食は家族そろってとるものだわ」 とうぜん、同僚とのアフターファイブの付き合いなども望まない。一日じゅう会社で会っている人間と、会社が退けてからもなぜ付き合わなくっちゃいけないのか。僕には会社以外の人生も大切なのだ。アメリカ人の叫びはこんなところである。

仕事を楽しむという感覚に欠け、仕事を圧迫としかとらえられないアメリカ人にも問題はあろう。だが、会社が人生のすべてになっている日本人にもやはり問題があると思う。是々非々は別にしても、実情だけは知っておいて損はないとしか僕には言えない。僕自身、カエルコールなんてとんでもないと思ってしまうライフスタイルを既に身につけてしまい、妻が日本人であることに感謝しているていたらくなのである。

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